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Life Story

Life Story

法人営業を約10年経験した後、大学キャリアセンターで約8年間勤務。現在は、キャリア支援・コーチング・心理支援の専門性を生かし、個人と組織の双方を支援しています。

ここでは、私がなぜ今の仕事をするようになったのか、その背景にある少し個人的な歩みを綴ります。

幼少期~大学卒業まで

転勤族の家庭の長女として生まれ、幼少期から国内外のさまざまな土地を転々として育ちました。スポーツと音楽が大好きで、いつも動き回っているような活発な女の子でした。

一方で、両親の健康問題をはじめとする不安定な家庭環境や、学校を転々とする暮らしの中で、「良い子でいないといけない」「嫌われないように周囲に合わせないといけない」「頑張らないと認められない」という思い込みも育っていきました。

親からは、反抗期もなく育てやすい子どもだったと言われています。周囲に合わせ、その場で求められることを察して動く。それは後に仕事でも生かされる力になりましたが、当時の私は、自分の本音よりも「期待に応えること」を優先していたのだと思います。

敷かれたレールを進むことに違和感はなく、むしろ、そこから外れることの方が怖かった。「普通」であること、周囲と同じように生きることが、私にとっての安心でした。

大学卒業までは、大きな問題もなく、順調に人生を歩んでいるように見えていました。

営業の仕事に打ち込み、心身のバランスを崩す

新卒で入社した企業では海外営業を担当し、28歳で外資系広告代理店へ転職。20代は、国内外のさまざまな人と仕事をし、夜遅くまで働くこともいとわない、仕事中心の生活を送っていました。

お客様が何を求めているのかを考え、社内外の関係者と調整しながら提案を形にしていく。そんな営業の仕事には、大きなやりがいを感じていました。

その一方で、根本には自己肯定感の低さと自信のなさがあり、「評価されたい」という思いから、少しずつ自分のキャパを超えて働くようになっていきました。

大学までのように正解が用意されていないビジネスの世界で、どうすれば自分の価値を発揮できるのか分からない。本来は仕事の質や提供価値で応えたいのに、私が頼ったのは「長く働くこと」と「一生懸命頑張る姿」でした。

もともとの完璧主義も重なり、やがて心身のバランスを崩し、数か月間の休職も経験しました。

 

32歳、「職なし、パートナーなし」のゼロリセット

プライベートでも、自分に自信が持てず、「いつか見捨てられてしまうのではないか」という不安から、パートナーとの関係に悩むことを繰り返していました。

32歳でようやく婚約したものの、その婚約が破綻。仕事もすでに退職していたため、職なし、パートナーなし。これから思い描いていた未来まで、一度に失ったように感じました。

ちょうど東日本大震災が起きた直後のことです。心が大きく揺さぶられ、頭が真っ白になった感覚を、今でも覚えています。

「こんなに自分なりに頑張っているのに、なぜ仕事も人間関係もうまくいかないのだろう」

 

どうすればいいのか分からず、ただ途方に暮れていました。

 

32歳にして初めての反抗期、そして「レールを外れる」

崖っぷちの状態でようやく、これまでの生き方や、無意識に握りしめてきた思い込みを根本から見直す必要があるのかもしれないと思うようになりました。

とはいえ、そんなに格好のいいものではありません。「いよいよ何かを変えないとまずい」。藁にもすがるような気持ちでした。

それまで抑えてきた感情も一気にあふれ、初めて両親に本音や怒りをぶつけ、家を出ました。ずっと「良い子」でいようとしてきた私に、32歳でようやく反抗期が訪れたのです。

そして、幼少期の家庭環境や、周囲に合わせ続けてきた経験が、自己肯定感の低さや人間関係の不安につながっていたことに気づきます。

 

心理学や家族関係に関する本を読みながら、自分の感情や心の仕組みについて学び始めました。

 

身近な家族が、仕事をきっかけに心身の調子を崩す姿を見てきたこともあり、以前から私の中には、「人が自分らしく、いきいきと働けるようになるためのサポートをしたい」という願いがありました。

このゼロリセットを機に、一度立ち止まり、自分が本当にやりたいことを考えてみよう。そう決めたことが、私にとって初めて、自分の意思でレールから外れる選択になりました。

キャリアと心を学び、自分の人生を取り戻す

その後、スクールに通い、働く人を支援する専門資格である産業カウンセラーと国家資格キャリアコンサルタントを取得。

心理学やカウンセリングを学ぶ中で、仕事だけでなく、感情や思考、その人の内面も含めて支援することに関心が広がっていきました。

さらに、あるコーチから「梨恵さんに向いていると思うよ」と勧められ、国際コーチング連盟認定のコーチ養成機関であるCTIジャパンの基礎コースへ。相手の可能性を信じて関わるコーチングの考え方と、コーチたちの在り方に、すっかり魅了されました。

自分自身も継続的にコーチングを受け、人には話せなかったことを正直に話し、受け止めてもらう経験を重ねました。少しずつ自分の本音に気づき、それを否定せずに受け入れられるように。

 

周囲の期待ではなく、自分がどう生きたいのかを考え、自分の意思で選ぶ感覚も育っていきました。

もちろん、仕事や人間関係の悩みがすべてなくなったわけではありません。それでも、自分の気持ちを置き去りにして頑張るのではなく、自分も周りも大切にしながら、望む方向へ進めるようになったのです。

大学キャリアセンターで見つけた、心からやりがいを感じる仕事

2011年9月、約7か月間の無職期間を経て学校法人へ転職。その後約8年間、大学生・短大生のキャリア・就職支援に携わりました。

学生一人ひとりとの個別相談に加え、キャリア教育の講座や授業の企画・登壇、企業との連携など、仕事は多岐にわたりました。1対1でじっくり対話する場も、複数の参加者が学び合う場も、どちらも私にとって大切な経験です。

中でも心からやりがいを感じたのは、学生自身もまだ気づいていない強みや可能性を一緒に見つけ、目指す進路に向かって成長していく姿に立ち会えたことでした。

気がつけば、仕事が楽しく、自然体の自分で働けるようになっていました。家族との関係も改善し、人間関係にも恵まれ、心身ともに穏やかな日々へ。

その間に37歳で結婚し、翌年、男児を出産。産休・育休を経て仕事に復帰しました。

子育てによって仕事に使える時間が限られたことで、改めて、自分の経験や専門性をより生かしながら人に貢献できる働き方を考えるようになりました。そして2019年に退職し、同年10月、個人事業主として独立しました。

独立。そして、個人と組織の双方を支える現在へ

現在は、個人向けのコーチングやキャリアコンサルティングに加え、企業コーチング、大学での講座、個人・法人向けの講座やワークショップの企画・提供にも携わっています。

対人支援に携わって14年以上。これまで延べ4,100名以上の相談・伴走を行ってきました。

 

かつての私は、「頑張らなければ認められない」と、自分をすり減らしながら働いていました。

 

だからこそ今は、目の前の方が自分を理解し、受け入れ、本来持っている力や可能性を生かして一歩を踏み出す過程を支えたいと思っています。

痛みに寄り添うだけで終わらず、その人が自分らしく力を発揮し、望む未来を実現していくところまで伴走する。

 

個人に対しても、組織に対しても。

 

それが、私がこの仕事で大切にしていることです。

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